弊社は、1998年2月に西克也と友人達の出資で創業いたしました。西克也は、日本クレイ株式会社で10年にわたり、CRAYスーパーコンピュータシステムのシステムエンジニア、その後アカウントマネージャとしてHPC業界で経験を培ってきました。当時、シリコングラフィックス社にクレイが買収されたのが、創業の契機となりました。

開業当時の代表取締役 西 克也

創業当時のロゴ
"B"をモチーフに西が考え、当時の友人達の意見を取り入れて作成した。
1998年創業/1999年/2000年/2001年/2002年/2003年/2004年/2005年/2006年/2007年/2008年~
1998年創業
創業最初に受注したのは、技術研究組合 新情報処理開発機構(RWCP)でのPAPIAクラスタの組み立て、構築でした。Pentium Proを搭載したPCクラスタシステムで、2ラックで64ノード構成です。自動電源管理システムも東精システムインテグレーションさんと一緒に自作し、UPSからの信号を受け、停電時の自動電源停止、復電時の自動起動などの機能を組み込みました。システムはたんぱく質の相同性解析アプリケーション用に長く利用されました。

PAPIAクラスタ
実は「PAPIAちゃん」というイラストが入っていたが、この画像では見ることができない。
RWCPでの経験を基に、日本では当時普及していなかったPCクラスタシステムの輸入販売を開始しました。アメリカのALTA TECHNOLGY社のPCクラスタを輸入し、インストールと保守を行っていました。このALTA TECHNOLOGY社が後のLinux NetworX社になっていきます。
ALTA TECHNOLOGY社は元々CompactPCIのボードメーカーだったので、最初に手掛けたのは、CompactPCI型シングルボードコンピュータを使ったクラスタシステムです。CPUには、Alpha21264を使っていました。

ALTA CompactPCIクラスタ
上下2段に4ノードづつ、計8ノード搭載。光ギガビットイーサネットで接続されている。

CompactPCI CPUボード(左)とハードディスクボード(右)
CPUボードにはHDDを搭載できなかったので、2ノードに1枚づつハードディスクボードを共有していた。
ベストシステムズは創業時より、SuperComputingの展示会の支援を行っています。毎年11月にアメリカで開催されるSuperComputingは、世界最大のスパコン展示会であり、メーカーや研究機関が数多く展示します。今では日本の研究機関も数多く展示をしていますが、1998年当時は日本からの出店はあまりありませんでした。

SC98での筑波大学CP-PACSのブース
1999年
ALTA TECHNOLOGY社が、インテルベースのクラスタを開発しALTAクラスタとして販売を開始しました。1つの箱型の筐体に8ノードが入ったシステムで、最大2段重ねまで可能でした。ALTAクラスタの特長は、ACE (ALTA Cluster Environment)と呼ばれるクラスタ管理ソフトウェアでした。ノードの電源管理、起動・停止、さらに温度監視機能を備えていました。

ALTAクラスタ
2段重ねのシステム。M/Bを特性のシャーシに組み込み、1筐体に8ノード搭載できる。
ACE(ALTA Cluter Environment)によりノード毎の電源管理と温度監視が可能であった。
1999年のSuperComputingでは、電子技術総合研究所(現在の産業技術総合研究所)の出店をお手伝いするとともに、日本と高速ネットワークを介して、リアルタイムでテレビ会議を行いました。これは、同時につくば市で開催されていたSFT999(Science Frontier Tsukuba 1999)カンファレンスにおける目玉のプログラムでした。

SC99でのETLブース(左)とテレビ会議システム(右)
この会議システムは、当時数百万円した。ネットワークの帯域確保のために、皆さん相当な苦労をしたようです。
日本で開催されたLinuxWorldに出展し、ALTAクラスタを展示しましたが、当時の来場者は、クラスタと言っても意味がわからないようでした。

1999年LinuxWorld
一番右手がLinuxNetworXの創業者であるGlen Lowry氏
1999年は、西がクレイの営業時代に売った工業技術院のCRAY C916が撤去されました。
これ以降、工技院には国産機が納入されています。

撤去中のCRAY C916と西
2000年
2000年には2年間で培った経験を元に、オーダーメードのカスタムクラスタを構築し始めました。CompactPCIベースの基盤に、Alpha21264プロセッサを256台搭載し、ギガビットイーサネットで接続したクラスタシステムや、PAPIAクラスタを元に、電子技術総合研究所(現:産業技術総合研究所)で開発されていたデージーチェーン型のインターコネクトを使った、クラスタシステムを構築しました。その後HPC2000システムとして、カスタムクラスタをシリーズ化しました。

HPC2000クラスタシステム

HPC2000システム(Alpha21264)
また当社では、この年からグリッド技術の商用化を図る活動を開始しました。

この年にALTA TECHNOLOGY社が社名を変え、LinuxNetworX社となっています。
2001年
この年にNEDOの国際共同開発助成事業で、PCクラスタ用のFPGAを使った高速演算ボードの開発を行いました。いわゆるアクセラレータボードの開発です。ただ問題は、市場がPCクラスタ技術にまだ追いついて来ず、さらに急速なPC技術の変化によって、その後の対応コストが問題となり、数年で断念せざるを得なくなりました。

国際共同開発で試作したFPGAボードの概要

この年にはまた、PCクラスタの急速な拡大を見据え、技術研究組合 新情報処理開発機構でScoreの開発を行っていた堀敦史氏を迎え、PCクラスタの基本ソフトウェアの開発を行う、スイミー・ソフトウェア株式会社を設立しました。
2002年

2002年には株式会社グリッド総合研究所を設立いたしました。
グリッド総研は、グリッド技術の商用化が目的であり、産総研発ベンチャーとして、産総研グリッド研究センターの技術移転を受け設立されました。アクセスグリッドシステムの販売を開始しました。

アクセスグリッド
この年に、日本で初めてAPPROをインストールしました。
東京工業大学にインストールし、TOP500に入ることができました。

東工大に納入した日本初のAPPRO
またSC02では、当社が開発したMolWorksを発表展示しました。

SC02での展示ブース
この年にAMD Opteronが発表され、AMD社と共催でクラスターカンファレンスを行いました。

AMD-BEST クラスター・ソリューション・カンファレンス
2003年
日本で開催されたCCGrid2003のスポンサーを行い、200名の方のレセプションを主催いたしました。

CCGridレセプション
また米国のLinuxNetworX社は、急速な事業拡大に伴い、木造の建屋から近代的なビルに引っ越しました。このビルには、LNXIがSGIに買収されるまで入居していました。

LinuxNetworX本社
当時、当社はクラスタはLinuxNetworXとAPPROの2本立てで販売していました。当時のAPPROのオフィスにも何度も訪問しました。

APPRO本社
2002年に産総研ベンチャーに認定されたのに伴い、この年、産総研内に事務所を構えました。これにより事業拠点が4箇所となりました。

入居した産総研のビル
2004年
社員数50名弱にまで成長し、ワークステーションから大型PCクラスタまでを手掛ける企業になりました。

2004年全体会議の様子
また、AISTスーパークラスタのインテグレーションにも参加することができ、当社の技術力を発揮することができました。

当社も参画したAISTスーパークラスタ
2005年
同年8月さらなる飛躍を目指し、公開会社と株式交換により某社の完全子会社となりました。ところが!10月に、公開会社の大株主であった通信キャリア会社が破綻。その後3年間、2008年に再度独立するまで、苦難の日々が続いたのです。
2006年

当社PCクラスタ事業部を独立させ、PCクラスタ専門会社 株式会社HPCソリューションズを、株式会社アルゴグラフィックスとのジョイントベンチャーとして設立しました(2008年にアルゴグラフィックスの完全子会社となった)。
2007年

この年にはグリッド、バイオおよび化学の専門会社である、ビヨンド・コンピューティング株式会社を設立しました。ベストシステムズとは兄弟会社となり、ベストシステムズと連携して事業を推進することとなりました。
2008年~
2008年4月、晴れて再度、独立会社となりました。
株式会社ベストシステムズは、これまでの経験と歴史を踏まえ、HPCの総合技術商社として活動し、日本でのHPC普及のために頑張っています。

SC2008当社展示ブース
日本人出展者のためのベースとして活躍




